2016年06月24日
島田の水路に沿って歩く_01
以前藤枝の水路は新しいと書いた
改めて島田の水路を歩く
やはり島田は時を経たものが多く見応えがある
島田は水路と共に歴史を刻んできた
と言っても過言ではない
その一部を町並みと共に紹介します
↑苔と木にまみれた水路

↑植物がどんどんとコンクリートを侵食してる
10年やそこらではこうならない

↑若松町も素晴らしい建築は多いが今回は水路のみ紹介
なんていうかほっぽらかしなのだが
獣道の如く住民が踏み固めた道沿いの水路

↑これは向谷の現場近所
路地に沿って田畑と民家が並ぶがその前には水路がある
側溝から本流への水の音が聞こえ続けていた
水路に囲まれた住宅は木々の勢いがスザマシイ
↑本通り正覚寺裏の水路
建物より水路のほうが古い

↑コンクリートではなく石垣の水路だ
大井川の石を積んだものだ
この水路がどれだけ古いか調査すりゃ
このブログの価値も上がるんだろうなア
大井川と島田が今もこんなに結びついている
ここの水路はずっと石積が続きます
その上に新築の家や駐車場が層を重ねている

↑路地の生活空間に溶け込む水路

↑ちょっと蔵も鉄板を重ねて島田風に
石垣水路はそのまま
もっともっと紹介したい風景や町並みが島田にはゴロゴロあります
はやる気持ちを抑えゆっくり紹介しますね
本業もやらんといけませんので
2016年06月20日
藤枝の水路に驚く
今回は藤枝おんぱくのみちくさ探偵にくっついて歩いた時のものです
主に駅南から焼津方面へ歩きました
島田在住歴10年の私から見て藤枝は
島田より駅前が栄えている
国道が遠いい
平地
新興住宅街
といった固定観念があり近いのにあまり建物観察していません
なので今回は藤枝初心者の目でみた藤枝をご紹介します

↑毎日電車通いをしていたが線路沿いの水路には気が付かなんだ

↑駅から南下して行くと田んぼと戸建て住宅が目立つ
道も島田駅近辺と比較すると広々している
見渡すと必ずどこかに水路がある
主に駅南から焼津方面へ歩きました
島田在住歴10年の私から見て藤枝は
島田より駅前が栄えている
国道が遠いい
平地
新興住宅街
といった固定観念があり近いのにあまり建物観察していません
なので今回は藤枝初心者の目でみた藤枝をご紹介します
↑毎日電車通いをしていたが線路沿いの水路には気が付かなんだ
↑駅から南下して行くと田んぼと戸建て住宅が目立つ
道も島田駅近辺と比較すると広々している
見渡すと必ずどこかに水路がある
両岸が土タイプの水路は田園風景に欠かせないアイテム

↑こちらはコンクリートで囲われた水路
でも決して寒々しくないのは植物がコンクリートに負けないで育っているせいか
田植え時期だったので水量が豊富

↑島田からたもとを分かつ栃山川
地図でみると大井川が氾濫して出来たように見える
栃山川は大井川の子供だと思うことにする
新幹線の橋下がこんなに近いことに興奮

↑新幹線高架を超えたら目に飛び込んできた
色の斬新な工場
晴れるとブルーが空に溶け込んでしまうだろうな

↑それにしても藤枝の水路はなんてゆったりしているんだろう
島田の年季が入ったものとはまるで違う
コンクリートなのに緑のイメージがある

↑写真上部、水路脇から可愛い子供水路が走ります

↑木屋川の両岸に木がはえていました
なんなんだろう
島田では考えられないことです
生活の為というより文化的なニオイのする風景だ

↑かつて大井川の氾濫に備えて敷地の先端に女竹を植えた舟型屋敷
このような屋敷が群生して集落をなしたいた
かつての有り様がシッカリと残っていて
氾濫は伝説ではないなと実感度が増す

↑ここの水路も綺麗で苔むした感じが無い
そう遠くない過去に水路整備事業があったに違いない

↑やはりここもまだ新しい
どうしても島田や焼津と比較してしまうと大洲高洲の
家並みが統一されたいちごケーキに見えてしまう
ところどころにかつての屋敷が点在するも
ほとんどは平成のデザインである
この中で野草建築を探すのは結構ハードルが高いが
今後目を肥やして良い野草建築を紹介しようと
野心が芽生えたのであった

↑こちらはコンクリートで囲われた水路
でも決して寒々しくないのは植物がコンクリートに負けないで育っているせいか
田植え時期だったので水量が豊富
↑島田からたもとを分かつ栃山川
地図でみると大井川が氾濫して出来たように見える
栃山川は大井川の子供だと思うことにする
新幹線の橋下がこんなに近いことに興奮
↑新幹線高架を超えたら目に飛び込んできた
色の斬新な工場
晴れるとブルーが空に溶け込んでしまうだろうな
↑それにしても藤枝の水路はなんてゆったりしているんだろう
島田の年季が入ったものとはまるで違う
コンクリートなのに緑のイメージがある
↑写真上部、水路脇から可愛い子供水路が走ります
↑木屋川の両岸に木がはえていました
なんなんだろう
島田では考えられないことです
生活の為というより文化的なニオイのする風景だ

↑かつて大井川の氾濫に備えて敷地の先端に女竹を植えた舟型屋敷
このような屋敷が群生して集落をなしたいた
かつての有り様がシッカリと残っていて
氾濫は伝説ではないなと実感度が増す
↑ここの水路も綺麗で苔むした感じが無い
そう遠くない過去に水路整備事業があったに違いない
↑やはりここもまだ新しい
どうしても島田や焼津と比較してしまうと大洲高洲の
家並みが統一されたいちごケーキに見えてしまう
ところどころにかつての屋敷が点在するも
ほとんどは平成のデザインである
この中で野草建築を探すのは結構ハードルが高いが
今後目を肥やして良い野草建築を紹介しようと
野心が芽生えたのであった